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人は、夢を持つ。
大なり小なり、様々な夢を胸の中に秘めながら生活をしている。 時として、夢と呼んでいたものは胸の中で、欲求へと変化することもある。 夢が、あと少しで確実に叶うであろう時、その変化を感じることが出来る。 そして、その変化を感じたならば、暖かく胸の中に閉じ込めていた夢は どう猛な獣のごとき欲求になり、普段の自分とは懸け離れた行動を起こさせる。 今日、自分にとっての夢が、一つ叶った。 長年温めてきた、大事な大事な夢であり、実現して欲しい気持ちとは裏腹に、 叶うハズないじゃないか、とも思って諦めかけてもいた。 自分の小さな小さな夢。 それは、 関西弁で女の子に、 「卑猥やわぁ」と、言ってもらうこと。 だったわけで。 このことを、「夢」と言うべきなのか、そんなことはどうでもいい。 問題は、自分が幸せかどうか、なんだと思う。 自分は東京に住んでいるが、唯一一人だけ関西に知り合いの女友達がいる。 もちろん、関西弁が標準語の地域なワケで。 そのコは、とても性格が柔らかく、キツく聞こえがちな関西弁でも全くトゲトゲしさ がないのである。 外見も、背が小さめで、とっても女の子っぽい雰囲気を持っている。 しかし、 正直、外見とか性格はどうでもいい。 問題は関西弁を喋っているという事実だけが重要なのだ。 いつ、何がキッカケで「関西弁萌え」になったのかはわからない。 けど、けど、昨日、そのコに死ぬ程無理矢理頼んで、 「卑猥やわぁ」と言ってもらった瞬間、 『俺、もう今この瞬間死んでも、な〜んにも問題無し☆』 と思った。というか、 そのコに、言ってた、俺。 夢が叶うって、シアワセ、、、、♪
すっかり忘れていた、、、。
こんなにも忘れるものなんだろうか、、。 自分がブログを持っていたことを、、、。 最後の投稿を改めて読んでみると、去年の12月24日に大学での補習講議の最中に 携帯から更新をしていたようだ。 その更新後は年末に実家に帰省したり、年明けも成人式や学年末試験の準備等で、 精神的にブログに時間をかけてる暇が無かった。 しっかりと落ち着けたのは、2月に入り春休みへ突入してからだった。 その頃には、まずブログへのログインに必要なパスワードを忘れ、3月に入る頃には、ブログの存在自体を忘れていたワケで。 たまたま部屋掃除をしていたら、ブログのパスワードをメモっていた紙を見つけ、またこうして始めることに至ったわけで、改めてのんびり続けていこうかな、と思った。 さてさて、今、日本はG.W真っただ中でありインドア派の人たちはテレビ・ラジオの特番祭りを味わい、アウトドア派の人たちはここぞとばかりにレジャーに行き、楽しい楽しい毎日を過ごしているようです。 今年のG.Wは最長10連休になり得るということで、例年よりも妙な盛り上がりがあるような気がしていますが、その過ごし方は千差万別でしょう。 例えば、今日は昼間に服を買いに出かけていたのですが、行くショップ行くショップで、必ずレジや接客してくれた店員さんに「G.Wっスかぁ、、。いいですねぇ、、。俺、10連勤ですよ、、、。」と、言われ、こっちとしては、同情すればいいんだか優越感を味わえばいいのか、正直迷ってしまうような感情になったわけで。 経済効果に直接繋がる文化には「楽しむ=楽しませる」、という関係性が存在すると思うのだけども、気分爽快に楽しんでる時、人はどうして「楽しませる」側の人たちの苦労を感じるという感受性が急激に乏しくなるのだろう。 まぁ、他のことに頭が回らないくらいにその瞬間を楽しむっていうのは幸せなんだろうけど自分としては、同時に「楽しませる」側の苦労を感じ取りながら、感謝しつつその瞬間を楽しめることこそ、更に一つ上のステップの幸せなんじゃないのかな、と思った。 ショップ店員さんの愚痴を元に、G.Wの深夜に独りでこんな糞チンケな幸福論を考えてる時点で、幸せから随分遠のいてるっていうのは気付いてるんですけどね。
日。前夜祭。宵祭。] 携帯からの投稿だが、今日は年に一度のクリスマス★イヴ(つのだ★ひろ風)である。何故携帯からの投稿かというと、「デート中で外にいるから」であるはずなく、『大学の補習授業中であるから』という理由からである。 ここ数年は、この日はお金のやりくりに首が回らない状態だったのだが、今年はそんな首をくくりたくてたまらない。しかし、そんな事をしてしまっても、全国のカップル達にささやかな話のタネをふりまくだけになると思うので、なんとか我慢している今日この頃である。
あと数日でクリスマス・イブである。例年、この時期になると「メリー・クルシミマス」という文字がネット上に蔓延しがちだが、全くもって、その通りである。そんなワケで、浮かれ気分とは程遠い現実的な記事を見つけたので今日はその話を。
卒業容易な大学から脱却を “出口管理”の強化要請 中教審 産経新聞の記事だが、『「卒業が簡単な大学」からの脱却を求めた。』とあるように、今までの「日本の大学は入学が難しく、卒業が簡単」と言われ続けてきた仕組みを変えていこうという話である。 なんだかな〜、、、。とりあえず、まっ先に思ったことは、「これ以上卒業するのを難しくしたら、毎年どれだけ留年で5年生を迎えることになるになる大学生が増えるんだろ」ということである。まぁ、大学なんぞをを4年で卒業できないアホはとりあえず置いといて、という計画なんだろうが。 少子化の影響により志願者数が入学者数と一致する「大学全入時代」が、あと数年で現実となるのだが、その時代になってももちろん日本の高卒者が全員大学に入学を希望するわけでなく、また人気大学の倍率も劇的な変化が起こることもないだろう。この「大学全入時代」の影響を実際受けるのは、中堅以下のレベルの大学や、専門学校、それに短期大学なわけであるのだが、その辺りのレベルだと、毎年毎年が生き残りをかけての勝負の年を迎えるので「なにを今さら、、、」感が漂っていることだろう。 記事内に『生き残りに向け大学間競争が激化する中で、各大学が個性や特色を一層明確にすることも促した。』とあるが、こういった「個性を出す」ということを、大学側は「カタカナの学部・学科を新設する」と受け取りがちな傾向があり、数年前にも少子化時代の到来が予知され、報道され始めたら急に「国際〜学部」やら「ライフデザイン〜学科」だったりする、なんだかスケールが大きそうでカッコ良い雰囲気を醸し出す学部・学科が急に全国に増殖した記憶がある。そんな、怪し気で結局どんな将来を展望できるのかも謎な学部に受験する友人が少なからずいたが、彼等の学力がそれほど高くなかった事実が、どこか哀愁を漂わせていた。 どれだけ大学側が、立派な教養・知識を与えてくれるカリキュラムを計画してくれても、結局その講議を受けるのは少し前まで鼻水垂らした高校生だった子供なわけで、その重要性を理解できるハズもなく、その中でも頭の賢い子供達は相変わらず国立・公立・有名私大・もしくは留学を今まで通り目指して、入学して、そして勝手に本呼んで勉強するのだから、個性を作ったり卒業を難しくしても大した意味は無い気がしなくもないが、そんな事をもし頭の良い人が普通に言っちゃうと、頭が悪いのにそれを認めたくない・気付いて無い人達がギャ−ギャ−言うんだろうな、と思い、頭の良い人も良い人なりに苦労があるのだろう。オチないブログ、完成。では、さようなら。
前回、東京ワンダーホテルについて書いたのだが、その日は他の多くの方々もブログのネタにしてらしたようで、そんな中で1つトラックバックもして頂いたりで東京ワンダーホテル様様の週末だったが、週明けも東京ワンダーホテルネタを引っ張ろうと思う。と、いうか前回の最後に「続く」と書いてしまったので続きを書かなければならないというこの自分の立場を重荷と感じてしまいそうだが、師走の自分は一味違い逆に使命感に燃えている今日この頃である。
18日に一年間の放送を終えた「東京ワンダーホテル」だが、何故自分は興味を抱き、一年を通して観てきたのか?それは、ドラマ中のユースケ・サンタマリア演じる橘健太郎のある台詞が自分の胸にとても響いたからだった。 『人生は連鎖する、、、、。』 たったこの一言である。だが、その台詞をドラマを観た後も、何度も何度も頭の中で復唱していた。そもそも、どういう経緯で橘健太郎がそう言ったのかというと、 『「東京カレンダー」のライターをしている橘健太郎は特集記事の取材のためにニューヨークに滞在していた。「ザ・ピエール」という高級ホテルに泊まっていたのだが、帰国当日に宿泊先の自室に置いてある聖書の中から一通の日本語で綴られた古い手紙を見つけた。その手紙の内容を読んでみると、「ホテルを経営する父から、息子へ夢のホテル作りを託す」というものだった。その手紙の本来の受取人は現在、日本での大手ホテルチェーンの社長になっており、帰国後その手紙を届けたのだが内容にはまるで興味を示さなかった。しかし、娘の花岡ツバキが祖父の願いを叶えるために健太郎に協力を仰いだのだった。』 そうして、夢のホテルプロジェクトに着手する際に呟いた台詞なのである。健太郎は元々、ライターをして生計を立てていたわけではなかった。広告代理店で働いていたが、自由を求めてライターへと転職したのだ。そのライターとしての仕事がキッカケで花岡ツバキの祖父の「息子への手紙」を手にし、その意志はツバキへと届き、結果健太郎本人も、長い時間を経て伝わったホテル作りの話に加わったのだ。 自分は、前々から「人生には、何かしら繋がりがあるハズだ」と思い生活していた。そのことを、『人生はリンクしている』と自分の中では呼んでいたのだが、その健太郎の台詞が、自分の中で温めてきた想いを後押ししてもらえたように感じ、嬉しくもあり、増々人生の闇の深さを感じさせられた台詞でもあったのだ。 もちろん前回挙げた3つの要素や、ストーリー、音楽に演技も観ていて面白いものであったからというのが大きいが、「何か他に人生を楽しめるヒントがあるかも」と思い、夢中になれたのが一番大きかったのかもしれない。 そのようなわけで「東京ワンダーホテル」ネタは終わりにしようと思う。
今年一年を通じて必ず観ていたドラマが終わった。日本テレビで春から夏、秋、冬
という季節と共に一話ずつ放送された「東京ワンダーホテル」である。 一風変わった、その放送日程はこの番組の最後にも出ていた『フィクションでありノンフィクションでもあります』というメッセージと深く関わっていた。 まずこのドラマの簡単なストーリ−を説明すると、 『「東京カレンダー」で連載記事を書いているライターの橘健太郎が、ひょんなことから大手ホテルチェーン「ギャラクティックホテル」の社長秘書で社長の娘でもある花岡ツバキに「東京に、文化の生まれるホテルをつくろう」と誘われることになった。その話に乗った健太郎は、ツバキと共に新たなスタッフを探すと同時にホテル計画を成功させるために進み始めた』 と、いった感じなのだが、つまり「自分たちでホテルを作る」というのが物語の中心なのだ。が、ただのドラマと違うのは、そのホテルが現実に作られ、実際に経営されていくというのである。 ドラマの中で、ホテルは最終的に渋谷に建設されるとなったのだが、来年には現実に渋谷に「東京ワンダーホテル」(略してTWH)が完成されるということでもある。主役の橘健太郎をユースケ・サンタマリア、花岡ツバキを上原多香子が演じていたのだが、そういうドラマっぽい部分は当然フィクションであるが、ホテルは完成されればノンフィクションとなってしまう。だから、『フィクションでありノンフィクションでもあります』となるのだ。 正直言って、春に番組を観た時、ぶったまげた。この番組の放送枠は0:50〜1:50と、深夜枠であったのだが、なんとなくテレビを着けてたらユースケ・サンタマリアがドラマっぽく演技していたので、なんとなく見始めた自分にとっては「なんで深夜にこんな前例のないような企画の番組が放送されてるんだ?!」と、不意打ちをくらったような衝撃があったのだ。 しかし、この番組の試みは、ただ「現実にホテルを作る」だけでなく、あと2つの新しい要素もあった。 1つは、放送中に流れるコマーシャルに既存のものがなく、この番組オリジナルのものが流れるという点である。スポンサーには、春にはNISSAN・サントリー・SHISEIDOの3社で、夏以降はサントリーに変わりドコモになったのだが、各社の製品を作中の準レギュラー達がサブストーリーのような展開の中で製品を説明しながら使用していくといった紹介なのだ。 例えば橘健太郎の上司がデートでドライブをするときも、NISSANの新車・ムラーノで出かけるのだが、彼氏は自慢の新車の性能の良さを彼女に説明しながらドライブを楽しんだりするのだ。ドラマに区切りがつけられず、自然に製品説明してくれるのでかなり真剣にCMを観てしまうハメになるのだ。 2つ目は、メインストーリ−の中で「ドラマ」のなかに、実在の人物が登場してくる点である。藤村俊二(おヒョイさん)演じる白州信次郎の友人という設定で、国際的オペラ歌手の中丸三千繪さん(今年ヤンキースが来て東京で開幕したメジャリーグの試合前に国家斉唱をしたりした)が本人として出演したり、数々の有名料理人やインテリアデザイナー・建築家などクリエイタ−が、ドラマ内でホテル作りのための取材をする際に出演しているのだ。 以上、3つの要素により「東京ワンダーホテル」は他のドラマにない個性があるといえるだろう。 春にこの番組が始まり、観た瞬間反射的にビデオ録画をしていた自分は、このドラマをどうしても他の人にも知ってもらいたくて、ついつい無理矢理友人達に家に泊まりに来た時は観せたりした。何故自分がそんなに興奮したのかは、また明日書くことにする。
昨日、とりあえずパラパラと色々な方々のブログを覗かせてもらった。そこで気付いたのが、大体の方々がカテゴリを作ったりして「自己紹介」をしていた。
やはり、お手軽感覚のブログといえども赤の他人の記録を読むわけだから必要最低限の情報は必要だし、読んで頂く場合にも赤の他人様に向けて少なからずの「自己紹介」をしておくのはマナーなのだろう。そんなワケで、今回は今現在の(2004年 12月18日現在)自己紹介を書き示しておくことにした。 ○呼び名 自分 ○年齢 20歳 ○血液型 A型 ○職業 大学2年生 法学部在籍 ○身長 168cm ○体重 58キログラム ○部活動歴 中学→軟式野球部(ポジション レフト) 高校→吹奏楽部 (担当楽器 トロンボーン) 大学→草野球サークル ○必読雑誌 週間少年ジャンプ 〃サンデー 〃マガジン 〃チャンピオ ン 月刊少年ジャンプ 〃マガジン 〃チャンピオン ヤングジャンプ 〃サンデー 〃マガジン 〃チャンピオン 〃アニマル 月刊アフタヌーン ビッグコミックスピリッツ スぺリオール イブニング モーニング MEN,S NON-NO 東京カレンダー ○好きな女性タレント 森高千里 本上まなみ (←最強2トップ) ○好きな小説家 石田衣良 ○好きなコラムニスト リリー・フランキー ○好きな芸人 ナインティナイン ○好きなAMラジオ番組 ナインティナインのオールナイト・ニッポン ○〃FM〃 リリーフランキーのTR2 バー・アヴァンティ ○好きなディズニーキャラクター ランプの魔人・ジーニー(アラジン) ○好きな言葉のフレーズ 「この〜、プライスレス」 ○趣味 立ち読み 読書 音楽観賞 映画観賞 無理矢理寝て 夢をみること 献血 歯医者での治療 ○吸っているタバコの銘柄 ホープ・メンソール ○好きなスナック菓子 じゃがりこ・サラダ味(カルビー) ○アルバイト先 歯科技工事務所 ○住所 東京23区内 ○そろそろ ネタ尽きてきた ○また 編集し直せばいいだけだし ○もう ここらで ○さようなら また明日
ブログの醍醐味、それは、お手軽感覚とトラックバック・コメント機能だと思う。
逆にいえば、更新に必死になったりいつまで経ってもコメントが付かないのは、ブログを使って色々な自分の記録を残す必要性は無いと言っても過言ではないのかもしれない。 今日の更新をする前に、コメントが1つ書き込まれていたのに気付いた。早くもコメントが残され、正直言って、嬉しかった。20世紀流でこの気持ちを書き示すのなら、マンモスうれピーが妥当だろう。肝心のコメント内容は、、、 [こんにちは、エキサイトブログをご利用頂きありがとうございます。貴方のブログでのロゴ画像が、利用規格と合っていないため削除致しました] このコメントを読み、気付いたことがる。昨日設定したロゴが削除されていた。 自分が悩みに悩み、そして設定したロゴが否定されるのは、センシティブな面を全否定されたような衝撃があった、、、。 確かに、設定した画像は、「20才くらいのロリ顔女子大生が、公園のベンチに座りながら、上目遣いでスカートを捲くし上げパンツがちょい見え気味」な感じで、エロ要素が付加価値として表現されてたのは、認める。しかし、そのどこがいけないんだ? おパンツがNGだったのだろうか?自分の境界線としては、「ビーチク・陰の毛(いん・の・もう)」がNGだと思っていたのに。 なんてこった。知らないうちに、日本のアダルト文化は一時期の盛り上がりは無くなり、再び「コウノトリがベイビーを連れてくる」的感覚が普及され始めたのだろうか?だとしたら、まずい。産婦人科はわざわざ中学生に行うような保健・体育の講座を行わなければならないし、ますます少子化の時代が長く続いてしまうじゃないか。 一部の知識人達は、そんな廃退的な日本に嫌気がさし、海外に移住しはじめ、オープンな海外の性環境に感銘を受け国際結婚をしハーフの子をつくり、日本に残った人々はいつまでもコウノトリを待ち続け、いつしか純日本人の血は絶えてしまうじゃないか。 こんな風にくだらない妄想はしても、エキサイトブログの利用規格とやらは読みません。あんな長い文章、誰も正直読んでないでしょ? だから、なぜ最初の画像がNGだったのかは、生涯の疑問として残り続けるだろう。
人は、唐突に行動する時がある。でも、その行動してる瞬間、本人はまるで当たり前のように、誰かに指示されているようにスンナリ受け入れながら動いている場合がある。勿論、自分の突然の行動に(自分の意志であるハズなのに)心が追い付いていないような、おかしな感覚を持ちながらの場合も多々ある。
唐突な行動を取った場合、どちらになるかは判らないし、その両通りの比率も知らない。 ただ、今回唐突にブログを始めるにあたっては、自分は「心が追い付いていないような、おかしな感覚を持ちながら」エキサイトのIDを取得していた。 、、、何やってんだ、自分。 2004年も年の瀬が迫り、大学生の自分としてはいよいよ学年末試験の時期があと1ヶ月余りになり、せっせと勉強しなきゃいけないのに、、、、 、、、何やってんだ、自分。 でも、こんな風に新たにインドアチックな行動パターンが生活の中に入ってくるのは、まぁいいんじゃないかな、とも思う。 大学進学のために東京に上京してきてから、「人生は、能動的な行動の結果がリンクしていって、思わぬ方向に向かうと楽しい」と感じ始めた。受動的であっても良いんだけれども、能動的な方が格別な気がする。 だから、もしかしたらこのブログを続けていけたら、自分の人生のリンクの可能性が増えていく気がして、やる気が出てきた。 、、、試験直前になったらこんなことのんびり書いてられないけど。
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